平成26年3月20日  最近のロシア情勢

(1)ソチ考:
  ソチ・冬季オリンピック、パラリンピックは開幕した。
日本選手の活躍が大いに期待され、それがクローズアップされることは仕方のないことだが、勝ち負けに一喜一憂することなく、「スポーツを通して心身を向上させ、さらには文化・国籍など様々な差異を超え、友情、連帯感、フェアプレーの精神をもって理解し合うことで、平和でよりよい世界の実現に貢献する」というオリンピック精神に立ち戻れば、無事開幕し、そして閉幕することこそ最大の喜びだと考える。

カフカスに横たわる民族・宗教問題の影響でテロが心配されたが、杞憂に終わった。リレーの途中で聖火が消えてしまったが、ライターで再点火されたことはご愛嬌。開会式セレモニーで、雪の結晶のオブジェが徐々に輪に変わり、五輪マークが形作られる演出中に、一つだけ輪が開かず「四輪」になるトラブルもあった。

そもそもソチという場所はどんなところ? 黒海海岸に細長くできたロシアの代表的な保養地である。冬でも6度と温暖で、年間訪問客は約400万人、うち外国人は約5%といわれている。黒海沿岸には人口海岸とホテル群が連なり、多くのサナトリウムが山間部に建ち並んでいる。イタリア風の階段式庭園などが見られたり、どこか南仏的雰囲気も味わうことができるという。かの独裁者スターリンもこの地を愛した。彼の命で作られた施設は、どこか威圧的な印象のいわゆるスターリン様式が目立つ。サナトリウム以外にも、ゲストハウス、休息の家(Dom Otdykha)が林立している。長期療養者にとって温泉施設もあるサナトリウムは、黒海の温暖な気候と充実した医師団を備えた絶好の施設といえるし、更にロシアの要人が訪問し、国際的な会議も頻繁に開催される国際温泉保養地ともいえる。

ソチは観光都市の輝きだけではなく、ロシアの文学や映像芸術の世界に多彩な光を放つ地だ。文学にも縁がある。「ドクトル・ジバゴ」で知られるポリス・パステルナーク(彼はノーベル文学賞受賞に決定していたが、ソ連当局の反応を慮り、受賞辞退に渋々同意した)の詩にも保養地ソチが現れる。ソ連時代の作家たちは、ソチで美しい自然と温暖な気候を満喫しながら休息しつつ、自身の作品でソチやその周辺にふれてきた、ノーベル文学賞受賞者ヨシフ・ブロツキーもそうだ(何度となく国内流刑、強制労働ののちソ連からアメリカに国外追放された)。「アリベルト・フロロフ」という詩でソチをこう描いた。
「1月2日、静まり返った夜、/ 私の船はソチで纜(ともづな)を解いた。/ のどが渇いていた。私はあてもなく歩き始めた / 港から中心へと続く / 横町を、そして、夜も更けて /『カスカード(滝)』というレストランを見つけた」。このレストランは今もあるらしい。
カフカス地方や中央アジア各国を含め、何度となくソ連 / ロシアを訪問したことはあるのだが、まだソチを訪れたことはない。一度は当地を訪れ、リゾート気分に浸りたいと思っている。2018年FIFAワールドカップはロシアで開催されるが、ソチもその開催都市としてノミネートされている。訪れるのはこの時か。

折角の世界的なお祭りに水を差すわけではないが、陽のあたるソチの影の部分として、先住民・チェルケス人が、かつてロシアによって長年に渡り、迫害、虐殺された血塗られた歴史があったことを決して忘れてはならない。



(2)ウクライナ考:
  2008年8月、北京五輪開幕時にグルジアが南オセチアに侵攻した。平和の祭典の折はロシアも身動きが取れないと踏んでのことだった。南オセチアはグルジアにある自治共和国で、ロシア人が多く住んでいる。グルジアの侵攻に対しロシアは自国民の安全を守るとし、当時の親欧米政権に反攻した。何やらよく似た事件がウクライナで起こった。オリンピック、自治共和国……共通項を見出すことができる。

旧ソ連邦構成国の反ロ組織GUAM (グルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドヴァ)は、ソ連邦崩壊後紆余曲折はあったものの概ね反ロ・親欧米路線を敷いてきた。このGUAMの動きは、アメリカで起こった同時多発テロを機に路線変更を余儀なくされる。米ロの利害が一致したことが影響している。対イスラム過激派対策だ。国内にチェチェンを抱えるロシアにとって、アメリカと歩調を合わせる方にメリットを見出した。

それから数年経過し、グルジアでバラ革命、ウクライナでオレンジ革命が起こり、親欧米政権が誕生した(ロシアはこれらの革命は欧米諸国がそそのかしたと言い張っている)。とりわけウクライナは軍事同盟であるNATOへの加盟を企図したが、これに対しプーチンは公然と恫喝するような声明を出した。「ウクライナがNATOに加盟するなら、ロシア人が多く居住する東ウクライナ、クリミア半島を併合するために戦争を仕掛ける」と。

さらに時は過ぎ、先述したグルジアの拙速、ウクライナ政権内の仲間割れによって、親欧米政権が倒れ、親ロ政権が両国に生まれたが、それはあくまでも政治の世界の皮相的な部分だけで、市民たちのロシアに対する感情や意識は全く変わっていない。
ウクライナ共和国内にあるクリミア自治共和国をロシアは主権国家として承認し、ロシアに編入した。このロシアのクリミアへの拘りを理解するには歴史を見る必要がある。ざっと駆け足で書けば、ウクライナ地方は13世紀にモンゴル軍に制圧されてキプチャク・ハン国の版図になり、これが分裂した後もクリミア・ハン国は18世紀にロシアがクリミアを併合するまでオスマン・トルコ帝国の属国として存続した。それ以来クリミアはロシア領だったが、1953年にスターリンが死亡したのち第1書記となったフルシチョフは、ウクライナにゆかりが深かったこともあって、翌年クリミア半島をロシアからウクライナに移管した。ソ連邦の構成国として共存している間は何ら問題とならなかった。だがソ連邦崩壊後は、黒海艦隊の本拠地、ロシアの重要軍事施設がウクライナ領内に残されることになる。ロシア海軍の駐留が認められる協定が締結されるには、それから20年近く待たねばならなかった。
そんな歴史があるのだが、これら史観はすべて大国の論理からもたらされたものであって、元々これらの土地に住んでいる(いた)人たちにとってはありがた迷惑な話である。タタール人が迫害を受けている(ただ彼ら自身も侵略者でスラブ民族を支配した。『タタールのくびき』である)。民族間で軋轢が生まれている。世界中にネオ・ナチ的な民族主義がはびこっている。アンネの日記の関連書籍が破られた出来事は象徴的だ。クリミアを含むウクライナにはいくつかの民族が仲良く共存してきた。ユーゴスラヴィアもそうだった。それがごく一部の人間の何らかの政治的な思惑か野心かあづかり知らないが、そんな「ちっぽけ」なものによって、大ごとを招いてしまう。同じ過ちを繰り返す愚かさ。



※ユアサ木材社員レポートより



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