平成24年1月31日  安岡正篤哲学に学ぶ(2)「六中観」

安岡正篤が古今東西の中国の名言を厳選した著書・百朝集の中に「六中観」という言葉があります。
安岡哲学は人間としての道、指導者としてのあり方を説いています。そして人間の基本は活力・気迫・生命力であり、不変の真理を人間の品格を涵養する徳においています。
人徳のない人間の行動は必ず破滅すると説いています。
どのような人間にならなければならないか?
人生の一原則として六中観が説かれています。

(1)死中有活
(2)苦中有楽
(3)忙中有閑
(4)壷中有天
(5)意中有人
(6)腹中有書



死中有活
経営者は毎日どのような苦しい判断に迷う時でも、的確に指示を出していかなければならない。人は流れに乗っている時は、さすがといわれ、流れから外れ落ち目になると、やっぱり、といわれる。
人は誰でも苦境に陥る時がある。死ぬ気になって道を開こうと努力すれば、開けない道はない。本当にせっぱ詰まった死の中にこそ、活がある。
絶体絶命のピンチに、死ぬ覚悟で活路を見出す勇気を奮い起こさなければならない。
逆に言えば、死ぬようなせっぱ詰まった時でなければ、人間は新しい知恵も出ないし、活路を見出せないのでしょうか?


苦中有楽
人は苦しみから逃れることはできない。苦しさの中に心にゆとりを持つと苦しさが生き甲斐となり、面白みを帯びてくる。人は楽ばかりでは頽廃する。苦中の楽こそが本当の楽であり、本当の楽というのは苦しみの中からこそ生まれてくるものである。


壷中有天
「漢書」方術伝、費長房の故事によると、昔、中国に費長房という役人がいて、何気なく役所の窓から往来を眺めていると、城壁の下に座って一人の老人が薬を売っている。気になり、仕事が終わってから、老人をたずねる。老人は横に小さな壷を置いていた。老人は店をたたんで、壷の中にハッと入って見えなくなってしまった。面白いものを見つけた。仙人ではないかと思い、翌日の夕方またそこへでかけていって、昨日壷の中に入って消えたところを見てしまったと告げた。是非とも今日は自分を一緒に壷の中に連れていってくれないか、とお願いした。そして老人と一緒にその壷の中へ入って行った。その中には美しい山水があり、金殿玉楼があって、歓待の限りを受けて帰してもらった。という話があります。
壷の中に天がある。日常の生活の中にひとつの別天地を持つことを「壷中の天」といいます。人間はどんな境遇にあろうとも、人知れず自分だけの別天地「壷中の天」を創るべきである。自分の別天地を持っている人は、いかなる逆境にあろうとも、救われる人であると説いています。スポーツ、音楽、文学、芸術、哲学、信仰などを持つことによって、意に満たない俗生活から開放され、救われる。自分の現実世界とは別に別天地を持てということです。
安岡正篤氏は「たとえ一日5分でもいいから、壷中天有りの生活をせよ。」と説いています。人間はどんな境遇の中にあっても、自分だけの内面世界を持つことの大切さを説いています。
人は、「壷中の天」を人知れず持つことによって、その人の風致(おもむき)が決まるといっても過言ではありません。


意中有人
自分にはいつも人材の用意がある、という人間にならなければならない。
何か事を為そうとすれば、自分一人でできることはたかが知れている。それぞれの分野で助けてくれる人を常に心の中で準備しておくことが大切である。
我々は多少志があり、何か事を為そうとすれば意中の人を持っていなければならない。
そしてまた自分の心の中に心から尊敬でき、人生の目標となる人を持つことも大切であるということも説いています。


腹中有書
腹の中に書物を持つということです。言い換えれば自分の心の中に確固としたゆるぎない信念や哲学を持っているということです。書を読むことによって、信念をつくり、見識を養う。腹の中にしっかりとした哲学、信念、人生観、世界観、歴史観を持っている。わが腹中に万巻の書がある。という人を目指すべきと説いています。



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